biography

-bio-

<1999>ムラタ上京。初めてHR/HMに触れGLAYとL’arc~en~cielを卒業する。
この時アックン13歳。中学へ入学。

<2000~2002>メンバー皆それぞれの青春を過ごす。
この時アックン14~16歳。同様に青春を過ごす。

<2002冬>Disk Union新宿店にてムラタがサトカタ&イワモトによるメン募を見て応募。御茶ノ水にてセッション。ムラタがパワーコードだけ弾いていたのにそのプレイを何故か2人は絶賛してしまった。お互い勘違いをしてしまい歴史は始まる。
この時アックン16歳の冬。高校生活初の冬休み。

<2003夏>それまで地元のスタジオでただセッションするのみの活動であったが、ある日ムラタの元にKing Goblinの眼鏡ゴブリン氏からライブのお誘い。出演を決意しバンド名が『狂うクルー』になる。ちなみにサトカタ命名。今尚続く『friday junktion vol.1』@川崎Bottoms Upでライブデビュー。当時の編成はDr•Ba•Gt×2•A-Sax•T-Sax•Tpの7人編成で押しに押した出演時間の末朝8時に演奏を終える。この時The Dead Pan Speakersや現Ohpiaのya率いるオムーベUOVなどと運命の出会いを果たす。
この時アックン17歳高校2年生になる。

<2004>半年間活動停止状態だったが3月から復活。編成も、Dr.イワモト、Ba.サトカタ、Gt.ムラタ、Sax.コクボに落ち着く。3月には盟友Green Milk from The Planet Orangeとまたも川崎で運命の出会い。9月には現saxアックン所属のMyth Delusion Empireと3マンライブを高円寺UFO clubで行う。
この時アックン18歳。Soft MachineとWeather Reportに夢中。

<2005>ひたすらライブを頻繁に行う。横浜スカムメイツと仲良くなる。自主制作でCD-Rリリース。
この時アックン19歳。大人の階段登る。

<2006>2月、Saxコクボが一身上の都合により脱退。この後3ヶ月間3人体制でライブを行う。5月のHenry Tennisレコ発@渋谷nestよりアックン加入。現ラインナップとなる。この年kuruucrew vs green milk from the planet orangeのsplitがU.SのBeta-lactum Ring Recordsよりリリースされる。12月には韓国へ勝手に行って焼肉万歳な3日間。
この時アックン20歳。成人式を迎える。

<2007>8月、Acid Mothers Templeのspeed guruこと河端一のソロ、日本在住米国人アシッドフォークシンガーのbloom、狂うクルーによる、3マン国内ツアーを決行。同ツアーにて、中日ファンであるムラタクルーの要望により、名古屋でのオフの日に中日戦をナゴヤドームにて観戦するが、その日の試合で中日は敗れる。
この時アックン21歳。セッションや別バンドでの活動等、大忙し。

<2008>1月、1stアルバム「バトル・ディスコ」をP-VINE recordsよりリリース。

<2009>5月、sajjanuとのスプリットCD発表。

<2010>10月、2ndアルバム「グラインド・ミラーボール」をP-VINE recordsよりリリース。



-Other Works-

Gt:ムラタ
AKBK
Kelly(Ossuary),Araking(King Goblin),Ebata(At Sense),A(LAGITAGIDA,sajjanu),MurataによるBrutal Grind!!!!

Sax:アックン
俺はこんなもんじゃない
エモーショナルカントリーサイドプログレッシブ!
自身のリーダーバンド。

Dr:イワモーター
Marble Sheep
海外での人気が高いベテランの国産サイケバンド。
ダンスニューウェーヴバンド。最高のパフォーマンスに踊り狂え!

Ba:サトカタ
S/T
T(RebelRebel on RebelRebels)とのアンビエントユニット。
Even Kick Orchestra
タケダ(drumno),キミティ(ex-Hoy Voodoo,ex-CICADA)とのテクノバンド。